HOME / ≪49%OFF≫[送料無料]エフィール 電子レンジ EMO-705(東日本用)
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マカオから高速艇で中国は深センの蛇口に到着です。
蛇口の港では中小家電メーカの看板が掲げられています。
バスでちょこっと移動して、
中国民族文化村でナイトショーを見てきました。
民族村の食堂で夕食を取ったのですが、
ツアーでよくある飲み物だけ別料金ってやつで、
日本人向けの料金表に差し替えてました。
それも香港から来る日本人向けに、
全部香港$表示でした。
店を出るときに、入り口付近にあった
ローカル向けの料金表見たらほぼ10倍の差!
そんなもんですよね…
当時、どういうルールだったか覚えてないですが、
パスポートには中国への入出国記録は残っていません。
マカオ出国して、帰りは香港入国だけ。
パスポートをチラっと見せたような記憶が…
2010/09/02 07:09:12
日没後の薄暮にたたずむモン・サン・ミッシェル 2008.10.11
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この旅行記はyamada423の旅ブログの看板娘です。
どうぞ皆さん可愛がってやってください。
また不行き届きの点などありましたら、厳しくご指導ください。(笑)
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「ウィーン・ザルツブルグの旅」の次に連載を開始した「ノルマンディー・ブルターニュの旅」の一部を順序を変えてモン・サン・ミシェルを先行して公開することにしました。
理由は、ここ10年程ヨーロッパのツアーで特に人気の高いこの地を、多くの方に紹介して旅の楽しさを体験していただきたいのと、
夏休みから秋にかけて旅行される方が多いので、参考にしていただくためです。
事前のフォト体験旅行をどうぞ。費用はかかりません。
(写真60点)
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まえがき
私が写真を撮る際に最も大切にしているのは、被写体そのものよりも、そこに反射する光が作り出す輝きと陰影です。それが私が画家クロード・モネを好きな大きな理由です。
光の画家モネ(定説のようです)の「ルーアン大聖堂」連作や「積みわら」シリーズ、新国立美術館で公開した(8月16日まで)の「日傘を持った女」(2枚セットの1枚)、などが特にその光をモチーフにした作品と言われています。
私の今回の旅行記シリーズでもルーアン大聖堂、エトルタの崖、オンフルールのドック、モンサンミッシェルの朝夕などの撮影で光の捉え方に意を注ぎました。
旅行記を読み、写真をご覧いただくときに思い出していただければ嬉しく思います。
また旅先の雰囲気(臨場感)を出すため、できるだけ人物を写し込むことに心がけました。
写真の説明に不可欠なフランス語は日本語に翻訳しましたが、あまり自信はありません。
仏語は学生時代に東京日仏学院会話専門コースでしか学んでいませんので読み書きは苦手です。
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2008年10月7~16日(ノルマンディー、ブルターニュ、パリ)
今回の旅行は印象派を代表する画家クロード・モネが幼少時代から43歳で睡蓮の池で有名なジヴェルニーの家に移るまで主に活動したル・アーヴルおよびオンフルール、エトルタなど周辺の町を中心としたノルマンディー地方と世界遺産モンサンミッシェルが有名なブルターニュ地方を訪れました。(①~⑥を予定しています)
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2008年10月11日(土)オンフルールを出発の朝、外はまだ暗い。
7時半にタクシーを予約しておいたので少し前にフロントへチェックアウトに行ったが、誰もいないのでカードキーをカウンターに返してそのままタクシーに乗り込んだ。
運転手は30代と思われ、車はVWだった。助手席に案内してくれたので、少し走ったところで、このVWはいい車だねと言うと、VWパサードとのこと。日本で買うと400万円以上するだろう。
車は前席のほうが乗り心地が良いことを知ってか、客との対話を大事にしてか、助手席に案内してくれたこのプロの運転手を尊敬してしまいました。
フランス語しかしゃべらないので会話はあまり出来なかった。それでも途中霧が濃いところに差し掛かると、こういう日は晴れるよと教えてくれた。10分ほどで高速に乗りカーンには40分ほどで着いた。その日はモンサンミッシェルまでずーっと晴れだった。
8:43発の3両編成の列車はカーンCaenからブルターニュ半島を西へ進みCoutancesから南下してモンサンミッシェルPontorson Mt St Michaleまではちょうど2時間で着いた。(12ユーロ)車窓の景色は牧草地、とうもろこし畑、大きくない森などで山は見えない。
線路の両側にはずーっと木が植えてあるので景色を写すのは難しい。マニュアルフォーカスにして距離を∞にセットしておいて、植え込みの切れ目の瞬間にシャッターを押すしかないがそれなりにスピード感が出て悪くはない。
モンサンミッシェル駅は人気の高い観光地の最寄駅とは思えないひっそりとした小さな駅で、世界遺産登録(1979)で人気化する以前と変わらないのだろうと想像した。
ほとんどの観光客は車かバスを利用するので、駅の利用者は少ないのであろう。
駅前に停まっていたバスがモンサンミッシェル行きで、運転士に聞くと11:22発で10分少々で着くといっていた。予約したホテルは終点より手前1Km(実際は2Km)のホテル地区にあると教えてくれた。
Saint Aubert Hotelのチェックインは3時からなのでキャリーケースを併設のレストランに預けてモンサンミッシェルへ向かった。ホテル地区を抜けると頂上に修道院を擁する特徴ある島が見えてくる。まず目に入ったのは手前の草原でもくもくと草を食べている羊の群れで、首から上が黒いサフォーク種(Suffolk)である。
島の手前の駐車場には観光バスや乗用車が多数停まっている。ここもまっ昼間に着いたのでやや単調な景色だが夕方が楽しみだ。(前日のオンフルールも昼前に着いたが、ヨットが係留されたドックの夕方から夜の風景が素晴らしかった。)
島に着いて50m程行ったところにある王の門Tour du Roiから、300mほどある狭い上り坂の両側にひしめくように並んだレストランと土産物屋の一画を過ぎ、更に急な階段を100m位登ると修道院の入り口がある。
入口から続く階段を登ってしばらく並んだが列が一向に進まないので入場はあきらめた。キリスト教徒でもないし、まあいいか。43年前1965年に学生の時、四大学学生仏工業視察団(MJET)で来た時、少ない時間に急いで息を切らして上まで登った記憶がある。
修道院の尖塔は島内に入ってしまうと見える場所が限られてしまうが、周囲の海は干潮で遠くまで干潟になっておりウォーキングツアーの人々までがよく見える。
降りてくる途中で周囲の町並みの屋根や煙突、屋根裏部屋など、下からは見えないものが見られて面白かった。どこを歩いても階段と坂の連続で、現代のバリアフリーの概念の対極をなすもので歴史の重さを感じさせる。
島で一番有名なラメール・プラーの別館での昼食には名物のオムレツをたのんだが、泡立てた卵の玉子焼きで、内部は生のままでおいしいとは思わなかった。電子レンジがあればチンしたかった。
ただ海に面した席からの眺めは大変良かったので後悔はしていない。
ここのお土産は羊のぬいぐるみ(自分のコレクション)とキッチン手袋(ミトン)。裸足で干潟のウォーキングツアーから帰っ女性の足の写真を一枚。
帰りも島を時々振り返りながら何枚か撮ったり、羊の群れが背から陽を受け、その影が一体で揺れる様に見入ってしまったり、気の向くままの足取りでホテルへ戻った。
レストランに預けたキャリー・ケースを受け取り、チェッ・クインを済ませ、昼の部を締めくくる入浴・昼寝タイム。おやすみなさい。
7時ごろ三脚とカメラだけを持って夜景の撮影に出かけた。ちょうど沈む太陽の撮影にギリギリ間に合った。日没後の空の色の変化はいつ体験してもその美しさに感動させられる。
赤から赤紫、やがて赤みが薄れてトキ色、さらに赤みが消えて青灰色、薄闇の青、群青の濃闇へと一時間もかからない。昼間の帰りに目星をつけておいた水面に島全体が映る場所に三脚を据え撮影準備を整えた。
待つことしばらく。やがて少しずつライトアップが始まった。西の空の残照とライトとの割合の変化で微妙に変わってゆく夕景色を撮っていると、今自分がそこにいて、何の制約もなくそれが出来ることに感謝し、そのこと以外何も考えていない。撮影はすべてマニュアルモードにしてモニターでチェックしながら満足いくまでトライした。
帰りがけに隣のレストランLe Bergerieで夕食をとった。前菜のスモークサーモンとメインにはここの特産である羊のロースト(超美味)、赤ワイン、紅茶(35ユーロ)。
心の中で羊に手を合わせる。羊さん ありがとう。
10月12日(日)
モンサンミッシェルの夜明けを見ようと手ぶらで出かけたが、東の空が赤みをさしてきたので失敗に気付き、急いでカメラを取りに戻った。8時過ぎても地平線あたりの雲が邪魔して太陽がなかなか顔を出さない。
日の出前の空を海から陸に向かって多数のカモメと思しき群れが、時にはばらばらに、次には隊列いわゆる雁行をなして飛んでゆくのが、その鳴き声とともに印象的だった。
これこそ私の旅の目的である、「非日常の体験」である。
8時40分ごろになってやっと雲間から太陽がのぞいた。おもわず両手を挙げて拝んだ。修道院のガラスに反射する朝日を眺めて写し、モンサンミッシェルの予定をすべて無事に完了。(拍手)
今日の目的地ブルターニュ半島西端のカンペールにはレンヌまでバスで行き、そこから列車に乗る。
撮影CANON EOS40D EF-S 17/85 IS USM
「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝2008」増補版をご覧いただきありがとうございました。
─────────────────────
<編集履歴>
私の予想ではこのモンサンミッシェルの旅行記が最も多くの訪問者の関心を集めると思います。
ご感想やご質問などはぜひ掲示板にお寄せください。
今後の旅行記の編集の参考にさせていただきたいと思います。
編集・公開 2010.6.8
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予想した通り、今人気の観光地だけあって2日で150を超えるアクセスを頂きました。この旅行記の写真40枚の選考に漏れた画像が100枚ほどありますので、二次選考して80枚前後の写真で構成した「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝 2008続編」を編集・公開いたしました。
スライドショー感覚で見られるように、説明は簡単にしました。
昨日6月14日に公開しましたので、本編と合わせてお楽しみください。
2010.6.15
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7月23日 増補改訂
続編の写真20枚をここに編入し「モン・サン・ミッシェル昼・夜・朝2008」の充実をはかりました。(写真総数 60枚)
2010/09/02 09:09:29
2010/07 気ままに~ Vol.08は、アヌシー散策&宿泊ホテル編です。
シャモニー・モンブランの町からフランス国鉄でアヌシーに向かいました。
ヨーロッパでも随一の透明度を誇るアヌシー湖のほとりのリゾート地です。
街中は色とりどりの花々で溢れ、エメラルドグリーンのアヌシー湖の水はとってもキレイです。
Rikiyaさんのブログを拝見させて頂いて、初めてアヌシーという場所を知りましたが、本当に素晴らしい町でした。
※実際にアヌシーに行ったのは母1人だけで、私は母の話と写真を元に、この旅行記を書いてるだけでして・・・
私も2週間の休みが取れればね、行ったんですけどね。
宿泊ホテルはフランス国鉄アヌシー駅から湖の方へ歩いて5~7分の場所にありました。
「Privilodges Le Royal - Apparthotel」
2人用スタジオ
税込み 70ユーロ
2人用スタジオ、4人用1ベッドルームのあるアパートタイプのホテルです。
各お部屋にはキッチンがあり、ポット・電子レンジが備え付けられており、ランドリールームもありますので、長期滞在にも便利。
2人用スタジオのお部屋に宿泊しましたが、お部屋の中はとっても明るくキレイで機能的に作られています。
無料無線インターネット、バスタブ付きバスルーム、キッチンにはポット・電子レンジがありました。
窓の外は公園と教会があり、とっても静かでイイ雰囲気です。
アヌシー湖・旧市街にも徒歩数分で行けて、立地も抜群です。
アヌシー散策にはもってこいの、とってもお勧めのホテルでした。
2010/08/30 07:08:32
ニュージランドの小さな町では、ホテルがないとか、あっても古い建物で設備が故障していたり、若者がバーにたむろしていたりで、不安を感じることがあります。ここではホテルは除いて、どんな田舎町にもあるキチン付きプチホテル(モーテル)を主に、Bed and Breakfast(B & B):Backpackers Hostel。自動車旅行者が利用するHoliday Parkなどの宿泊設備を紹介します。犯罪は自動車キャンプ旅行の被害が多いので(2009年初)最後の方だけでも読んで置いてください。
なお、日本人経営の宿は別項に紹介しましたが、オアマル在住の久保星児さんがwww.globalife.jpで公開しています。 100% 網羅しているわけではないけれど、一度見て置いてください。
**** 宿:モーテル(Motel)に滞在する意味 ****
ニュージーランド旅行で楽しいのは、モーテルMotelと呼ばれているバス、トイレ、キチン付きで家族経営の清潔なプチホテルが、小さな町にもあるので安心して旅行できることです。
出張者が1泊とか2泊したり、週末に家族旅行のグループが泊まりますが、観光地などでは3連泊以上でないと泊まれない宿もあります。
モーテルに滞在すると、スーパーで買い物をして自分の好きな料理をつくったり、有名レストランを予約して名物料理を食べたり、注文した料理を持ち帰って宿で食べるのも勝手です。
自炊するということは、その土地の人と同じ生活をすることなので、異文化の中に身を置いて、日常から隔絶された人生を過ごしているわけで、もうひとつの人生とか虚構の人生を送っていることになります。
当然ながら、団体旅行の観光客からは見られる立場になります。
**** モーテルについて ****
モーテルは、オーストラリアでサービスドアパートメントと呼んでいる宿泊設備を小規模にして、家族経営にしたような宿です。
もちろん、日本の“モーテル”のような短時間利用はオークランドの一部を除いてありませんし、季節・場所によっては3連泊以上でないと受け付けないこともあります。
一度部屋に入るとキャンセルしても一泊料金を払うことになります。
中小の田舎町のホテルは古い建物と設備で値段も安いのですが、モーテルは新築が多いので設備が格段に良く、小規模なのでオーナーの目が行き届くので安全です。当然ながら田舎町では、モーテルの方がホテルより料金は高い。
安全とオーナー家族との交流、心のこもったサービスなどを考えると、ニュージランドの旅、とくに田舎町の宿はモーテルに限ります。
** 宿の選び方 **
これらの宿泊施設についての情報は、ホテルからバックパッカーまで全ての宿泊施設が掲載されているwww.aatravel.co.nzや、全国のモーテルを網羅するwww.nzmotels.co.nzが、分厚い本にして案内所や宿などで無料配布しているのでもらっておきます。
私は、グーグルの地図で泊まる町をだして、motelとか supermarketを検索し、良さそうな位置にある宿をいくつか選んで、上記のAAtravelなどのaccommodation ガイド・ブックで検討しています。
グーグルで利用者の評判を読んでもいますし、宿のホームページを眺めて比較もしています。本当のところあまり違いはありません・・・・・。
設備の充実度をしめすQualmarkという基準があって、星ひとつから星五つまでのランキングがあって星の数が多いほど設備がそろっています。
上記のガイドブックには宿が備えている設備がマークで示されています。自炊するにはこの本にキチンのマークが書いてあれば安心です。
例外的に、狭い部屋に設備だけ詰め込んで3っ星の設備評価を得たけれど、狭くて床でスーツケースも開けられないというクイーンスタウンのワンルーム(studio)モーテルがありました。
大きな街と有名観光地では4っ星以上の宿をえらぶのが無難です。
もちろん、認定をうけていない良い宿もあるし、認定を受けずに4っ星を詐称するグレイマウスの香港系のBreeze Motel もありました。
また、”料理するなら電気コンロを持ってきます”という換気扇がない4っ星新築モーテルもピクトンにありました。スキー場近くで乾燥室が付いていてキチンがないというモーテルもありました。
なお、別項の多くの町で紹介した宿は全部について設備などを見た訳ではありません。スーパーに近いかなどロケーション、築年数、それに設備評価(Qualmark)の星の数などから、私が滞在するとしたらどれにするか、という基準で選びました。
**** モーテルの設備とサービス ****
平均的なモーテルは、家族経営で、平屋か二階建て、10室以下が多く、多くてもでも30室くらいの規模です。
客室はスタディオ(studio)と呼ばれるバス・トイレ・キチンつきのワンルーム・タイプと、1寝室(1-brm)時に2寝室・3寝室(2brm・3brm)の部屋もあります。
いずれも電話・テレビ・ソファーがあるリビング・ダイニング・エリアと、バス・トイレがあって、フルキチンかキチネットがついています。バスはまれにジャグジーもありますが、一般的には浴槽がなくてシャワーだけの宿が多いと思います。
洗濯場は一般に別棟で、洗濯機、乾燥機、洗剤はそれぞれ1$か2$、まれに無料です。クイーンスタウンなどには部屋ごとに洗濯機、乾燥機がついているモーテルがあります。
室内の設備は、鍋、フライパン、ポップアップ・トースター、オーブンなどの調理器具や大小の皿、コップ、ティーカップなどが数人分そろっています。最近は電子レンジも普及しています。
ただし、炊飯器、オーブントースター、飯茶碗、お椀、箸、包丁、まな板などはありません。
毎日のサービスはタオル交換、ベッドメーキング、掃除ですが、長期滞在者の場合は、タオルは床においたのだけを交換して、掃除は隔日とか週2回という宿が多くなりました。
塩、コショウ、コーヒー、紅茶、砂糖は毎日補給してくれます。
料理油は自前です。スーパーには大瓶の食用油しかないので、移動の時に困リました。100円の小瓶を持参するのが経済的です。
**** モーテルは町中に多い ****
クライストチャーチなど大都会では中心部に商店街やホテルがあって、その外側に公園や学校・病院、さらに外側に住宅街やモーテル、スーパーマーケットやショッピングモールがあります。これらの大都会では、モーテルのキチンは小さいことが多いようです。
中・小の町の構造は、約300m四方の中央部の商店街と、その外側の住宅街というようになっていて、ホテルやモーテルなどとスーパーマーケットはその中間にあることが多いようです。たいていのモーテルは買い物も便利で、フルキチンです。
私は高齢者で自動車の運転はしないので、私が紹介している宿は、たいていスーパーマーケットに歩いて行ける範囲にあります。
しかし、一部のモーテルやB&Bの中には町から離れた国道沿いの宿もあるので、上記のようにまず地図上で探すのが安全です上述のAAや Jasonsの無料ガイドブックには、記載があります。
**** 予約するには ****
ガイドブックを参考に、ホームページを見たりして、メールかファックスで、日本からホテルやモーテルの宿泊を予約すると、「3日間だけは部屋を押さえておくから、クレジットカードの種類、番号、名義、有効期限など“card details”を通知してくれ」と言ってきます。
これを知らせないと予約が成立しないので、私は1ヶ月の利用限度額をごく少ない金額に押さえたクレジットカードを作っていて、メールではなく安全なファックスで通知しています。
どのような宿を選ぶにしても、バスセンターからの距離とか、空港からの送迎車の有無、スーパーマーケットに歩いて行けるかなど、必要事項はウエブサイトで確かめてから予約することを勧めます。
大切な確認事項は「キャンセルするときの条件」です。
その宿の返事の最後に Cancellation Policy がついてきます。
最近進出がおおい中国や香港系のモーテルでは、一度予約したら、たとえ3週間前にキャンセルしても、当日満室にならない限り(空室があれば)代金を請求するという契約条件の宿がグレイマウスの町中(Breeze Motel)にありました。ここは四つ星を詐称していましたが、部屋の掃除もいい加減で とめてやる、文句あるか という感じで 近隣住民からは 白眼視されていました。
同じアジア資本でも、韓国系のモーテルではそのような不合理な条件はありませんでした。
**** モーテル滞在の費用と滞在コスト ****
平均的なモーテルの値段は2人一泊(これが基準)が90$から140$くらいで、3人目の追加ベッドは20$くらいで、一人旅は約一割引です。
高級モーテルをあげれば、クイーンスタウンには食器洗い機や洗濯乾燥機がついている2寝室(2brm)で、一泊3万円(400$)もする高級ホテル以上の値段のモーテルもありました。
滞在コストを大雑把に見積もれば、大都会や有名観光地(クイーンスタウン)は宿泊費が二人で一泊約140$(約1万円)、人口数百人の町では約90$(約6500円)ほどです。
生活費は食料品、美術館など入場料、近隣の町へのバス代などで、日本と同じレベルの生活とすれば、1人1日が30$~40$(2300円~3000円)くらいでしょう。
外食費は昼食が20$で、夕食が40~50$ほどですが、上限はキリがありません。
つまり、滞在地によって異なる宿泊費が大きな変動要因ですが、人口2万人の町で65$の清潔な宿もありましたし、一週間連泊するとたいていのモーテルで1割の長期滞在割引をしてくれますし、老人1割引とか、5月から10月は3泊目が無料という宿もあリました。
どこのモーテルも親切で、いやな思いをしたことは香港系のモーテルのほかにはありません。
**** その他の宿泊設備(Hotelは省略します) ****
** Backpackers Hostel(付:Youth Hostel)**
Backpackers Hostelは単にバックパッカーと呼んでいます。一般に町中にあって、モーテルのつぎに多い宿泊設備です。設備は原則的には男女別の相部屋ですが、最近は個室もおおくなりました。
共同の炊事、洗濯の設備や、小さい売店もあります。
料金は安いのですが、ユースホステルと同様に旅行者の交流のために大きなラウンジがあって情報交換したりしていますが、各国の旅行者と話し合ったりするのが得意でない人には向かないとおもいます。
なお、日本人妻とパートナーが経営しているバックパッカーがニュージランド南島の西海岸南部のホキティカ、北端のカラメアにありました。探せばもっとありそうです。
会員になれば利用できるユースホステルは、バックパッカーよりも数は少ないけれど、主な町にはたいていあります。なかには由緒ある歴史的建築物を利用したのもありました。
** Bed and Breakfast(B & B)(Hosted Accommodation)**
最近のB&Bでは客室が別棟になっているのが多いので、なるべくそういうB&Bを選ぶと気軽に生活できます。
B&B は一般的には朝食付きの下宿という感じです。トイレ・シャワー付きの部屋(ensuite:ガイドブックではen, ens, esなどと略記)を薦めます。
トイレやシャワーが他の客と共用(guest shear:gsと略記)か、家族と共用(family shear:fsと略記)という宿では、トイレの度に着替えて部屋を出ることになるのが面倒です。
また、場所が町はずれで、夕食に出るのに徒歩ではむずかしい宿もありるので要注意です。
B & B でも客室数が多いのはGuest Houseと呼ばれます。
fsタイプで家族と同じ建物の部屋ならばHomestayと呼ばれますし、
それが田舎ならばCountrystayで、農作業を手伝うとFarmstayです。
** Holiday Park **
キャンパーバンを借りて旅行して歩くモーターキャンプ場とテントサイト(一人一泊10$くらい)を備えています。
最近(2009年初)はオランダの若夫婦が寝ているところを襲われてレイプされたり、女性二人が2時間にわたって sexial attack を受けた例も新聞で報道されているので、車の中で寝るときには十分に安全対策を考えてください。
これらの多くは町のすぐ外側やリゾート地にあります。広い緑の敷地があって、その中心部に売店、シャワー室、炊事場、洗濯(コインラウンドリー)などの設備があります。
大抵のホリデイパークには、キャビンと称する施設(2人1泊30~50$、キチネット付き、時には2段ベッド)もあり、キチン・バス・トイレ・テレビ付きのモーテルも併設されています。
テ・アナウやクイーンスタウンなど、町の中にあって買い物も便利なホリデイパークなどは、ひろびろとしているので、その中のモーテルならば利用しても良いかなと思います。
2010/08/26 12:08:01
人恋しい 日差し恋しや 冬の旅
ウイークデイの午後の便は、比較的空いており、いつもの通路側の15のCの席を確保、のんびりと上海に向かった。最近本屋で見つけた『堀田善衛上海日記 滬上天下1945』という本をこの旅の間に読み上げようと、持参していた。1945年8月敗戦後、上海にいた邦人が、敗戦国の民として、この上海でどのように生活していたか興味があり、早速読み始めたら、久しく会わなかった知人が声を掛けてきた。彼を隣の空席に座わらせ、最近の中国の景気や、彼の中国での仕事の話を聞いていたが、いずれも厳しい状況にあるようだ。
飛行機は定刻に到着、入国手続きも、珍しくスムースに終わり、荷物を受け取り、そこで知人と別れた。税関を過ぎ、入国出口前は、いつもよりは人出は少ないが、その中に、迎えに行くと言っていた黄さんを見つけ、正直ほっと一安心。空港からまっすぐ上海駅に行き、動車組列車に乗り、約30分余で蘇州に到着。蘇州駅の裏手では、北京上海間の新幹線工事(京滬快速火車)と、上海南京間の高速鉄道(滬寧際鉄路)の工事が同時に始まり、取り壊しや、整地などが進んでいる。街は夕方のラッシュに入り、道路も込み始めている。観前街は、相変わらず結構な人出である。景気が後退しているとは言え、人出は多く、それだけでも何やら活気が見られる。商店街はバーゲン中であろうか、ショウウィンドに貼られている割引のチラシを見ると、ほとんどが“6折”や“5折”となっており、中には、“1折”まで見られる。つまり、1掛け、すなわち9割引と言うことになり、これでは投売りの状態である。中国でも、この不況で庶民の財布の紐は、一段と固くなっているのだろう。商店街を通り抜け、路地に入ると、劇場のスピーカーから“評弾”の引き語りが流れてきたが、ああ、又江南に来たのだと、気分も盛り上がり、その調子に合わせながら、ホテルへと向かった。
この観前街から程近いところに、小黄の奥さんのご両親が住んでおり、夕方、小黄がホテルに迎えに来てくれ、実家に案内された。早速、お母さんの手料理による江南地方の家庭料理を振舞っていただくこととなった。冷菜5品、そして蒸し魚の『清蒸桂魚』が出され、その間、勧め上手なお父さんが、盛んに“来、来、来”と言いながら老酒を注がれるのである。つい日本の習慣で“乾杯“と言うと、グラスに残った酒を見て、飲み干してないではないかと言いながら、又注がれるのである。
やがて今日のメイン料理が運ばれる。“塩醤蟹”、一般には“面○蟹”〈○は手偏に施工の施の旁)と呼ばれている上海蟹の家庭料理である。まず上海蟹を背中から二つに切り、その切り口に小麦粉をたっぷり付けて、フライパンに油を引き、その切り口の小麦粉が黄金色になるまで炒める。老酒、生姜、塩、醤油、それに砂糖少々を加え、水を入れて15分ほど煮込む。残った小麦粉を水で溶き、それを加えて、更に煮込む。水気が少なくなり、蟹に小麦粉の膜が着き始めてきたら、刻みねぎを入れて出来上がりである。手などが汚れるし、蟹のエキスが滲みこんだ小麦粉を、蟹肉と一緒にずるずると食べるのであるから、レストラン料理とはならず、嘗めたり、ズルズルさせながら、親しいもの同士で食べる、楽しい家庭料理である。
翌日は、穏やかな小春日和であった。タクシーで陽澄湖に向かう。陽澄湖は行政上は蘇州市であるが、蘇州市の直轄部分と、蘇州市の行政下にある昆山市に属する部分とに分かれている。まず蘇州の工業園区を通り、国道を走ること30分、大きな湖が見えてくる。しばらく湖岸を走るが、ホテルや、ゴルフ場、お寺などが散在するが、この地区は蘇州市直轄の陽澄湖である。今も湖畔は整備されつつあるが、確かに聊か寂しい湖岸である。蟹の養殖場とか、レストランは昆山地区の巴城鎮に多く集まっていると聞き、約17キロ、湖岸に沿って走る。次第に道路沿いにレストランが立ち並ぶ風景が見えてくる。そのあたりはやや湖から遠ざかり、水路などに沿って、舟形のレストランなどが見える。やがて賑やかな路上の市場を過ぎると、両側にレストランが立ち並ぶ大通りとなり、更に進むと、突き当たりに、蟹の大きなモニュメントのある公園に行き当たる。陽澄湖水上公園である。そこで車を降り、この公園に入る。公園内を10分ほど歩くと、陽澄湖の湖畔に再び接することができる。湖畔に沿って、散策道がある。それを辿って行くと、目の前に小さな島が見える。島には橋が架かっており、洋館風の、2階建ての建物が2棟建っている。橋を渡り、小島に入ると、高級車が5,6台停まっており、建物の中で食事をしている人の顔をが見えた。間もなく正午、急にお腹が空いてきたので、中に入っていった。しかしここはどうやら会員制の場所であるらしく、入室を断られたのである。こうした風光明媚な小島を占有できる人たちとは、社会主義の国ではどのような人たちなのだろうか。やはり、不思議な国の不思議な仕組みがあるのだろう。
水上公園の前から東に上る大禹路沿いのレストラン街に向かったが、そこには同じような、しかも店の名前には必ず“蟹”が入ったレストランが多く並んでいる。店の前に車が多く駐車しており、ガラス越しに見える店の中が賑やかそうな店を選び入った。『品蟹楼』という名のレストランである。個室に入り、まずは燗をした老酒を注文したら、ヤカンに入れて出してきた。それを呑みながら待つこと30余分、今度は、注文したものが一気に出された。この国で、時に戸惑うのは、客への配慮より、己の都合でことが運ばれるということである。散々待たした挙句、皿に載せれば出せる冷菜と、聊か手が掛かる温かい料理が,同時に出されてくるのだ。しかも、しかもである。スープは味が無い白湯であり、蟹粉豆腐は塩の塊が入っており、塩辛くて食べれない。その値段が上海の老舗上海老飯店の55元よりも10元も高いのだ。これに一々腹を立てていては中国旅行は出来ない 。我慢である。食後は、散歩がてら蟹の養殖場が並ぶあたりを歩いて見に行った。冷やかしで入った店で、結局、蟹を買ってしまったのだ 。帰りはタクシーが拾えず、バス停付近で闇タクを探し、蘇州のホテルまで、100元で戻ってきた。
その日の夕方、午後5時ごろに、小黄の家を訪問した。入り口にはガードマンがおり、中に入る人をチェックしている。この中には5棟の建物があり、小黄邸は、A棟の一階にあった。床面積は146.44㎡、共有面積の持分が12㎡であり、間取りは、いわゆる3LDKプラス書斎または、ユティリティに利用できる小部屋、である。購入価格は、スケルトンで、およそ80万元。内装工事は友人に依頼し、しかもフローリングや、内壁や天井に使うビニールクロス、電線などの資材の一部を、別途購入して現物支給したので、内装費は破格の6万元ぐらいで収まったようである。その他、家電、家具、備品などを含めても、約20余万元であるから、購入総額はおよそ100万元だったようだ。購入資金の捻出は、今まで住んでいた家を42万元で売却、会社での住宅積立金(住宅公積金)が夫婦で12万元、両親と叔父さんから30万元、妹から20万元ほど借りている。親戚兄弟からの借り入れは、無利息で、期限の定めがないようであるが、既に叔父さんからの借り入れは返済したようである。いわゆる親戚間の結束が、中国では未だ強いのである。
取引に際して、不動産取引税(地契税)は2%(現在は1.5%に引き下げられている)、144㎡超の部屋は5%の消費税?が必要である。その他印紙税や登記手数料などが必要である。管理費は、専用延床1㎡当たり月額1元、駐車場は、地下の駐車場の使用権は8万元、敷地内の地上青空駐車場は、月額使用料は150元から200元である。修繕積立金は、購入時に一時金で支払うとの説明があったような気がするが、もうひとつ良くは理解できなかった。早速、新しい家の隅々まで見せてもらう(写真参照)。
中国のサラリーマンの住宅事情について、小黄に聞いてみた。結婚後、会社の社宅に住むことになり、その後、子供が出来、少しい大き目の社宅に移転、子供の成長に伴い、更に大きな社宅に引越した。1998年に個人の住宅持ち家制度の施行により、住んでいる社宅を、会社から購入することが出来、21,000元で購入した。購入資金は、個人と会社が半々ずつ出して積み立ててきた住宅公積金が3,000元あったので、実際に支払った現金は18,000元であったそうだ。その後の景気の上昇による、不動産ブームで、それが20倍、30倍で売れ、それを元手とした住宅の買い替え需要が増加し、いわゆるマンションブームがこの3、4年続いて来た。しかしこの不況で、不動産価格が暴落し始めたと言われ、しかも上海株式の暴落で、親戚間の金銭の貸し借りの清算が、躓き始めているようで、中国の家族関係にまで、今後影響が出るのではと危惧している。
色直し 皿に雌雄の 上海蟹
やがて、ダイニングの食卓には、11種類の冷菜が並べられ、乾杯で食事が始まる。僕の好きな老酒、石庫門黒標が用意されており、その心遣いがとても嬉しかった。話題は、最近の景気や、仕事のことから始まり、カナダ留学中の娘さんの話に至ると、酔いも手伝ったのか、次第に一家は蘇州弁となり、嬉しそうな話し振りになるのだが、僕にはまったく理解できなくなるのだ。この娘さんが四川省の成都の大学に在学していた時、僕は、黄龍・九寨溝の帰りに、彼女の大学を尋ねたことがある。そして許可を得て、男子禁制の女子寮の部屋に入れてもらったのである。あれは、もう何年前のことだったのか。酔いの勢いで、今度はカナダの彼女の大学の女子寮に、彼女がドクターの学位をとる時に、一緒に行きましょうと提案しておいた。
やがて、生きている時は長江の水のような色をしているが、蒸されると鮮やかな朱色に変わる大閘蟹(上海蟹)が、ボウルに山盛りに載せられて出されてきた。それまで賑やかだったが、蟹が運ばれ、食べ始めるや、場は次第に静かになっていく。雄をやっとのことで平らげたが、更に一匹勧められ、黙々と挑戦。そして、今度は雌が運ばれてたので、引き続き僕は沈黙のまま、雌の解体に入った。テーブルは、いつの間にか、無残にも、蟹の甲羅や肢のガラが山となっているのである。上海蟹が据え膳で食べられるならばよいなあと、不器用な僕はいつも思うのだが、苦労して食べるからこそ美味しいのかもしれない。甲羅に、老酒をいれて飲んでみる。よい味である。まさに至福のひと時である。やがてお開き、奥さんの弟さんの車でホテルに送ってもらう。
翌日は、上海に戻り、12時半ごろから、いつものように上海老飯店でゆっくりと昼食をとる。昼間のお酒は酔いが回り易く、聊かのご機嫌で、空港に向かい、夕方の便で帰国する。今回の中国滞在時間は、僅か50時間であった。(第52回)
2010/08/25 11:08:33