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マカオから高速艇で中国は深センの蛇口に到着です。
蛇口の港では中小家電メーカの看板が掲げられています。
バスでちょこっと移動して、
中国民族文化村でナイトショーを見てきました。
民族村の食堂で夕食を取ったのですが、
ツアーでよくある飲み物だけ別料金ってやつで、
日本人向けの料金表に差し替えてました。
それも香港から来る日本人向けに、
全部香港$表示でした。
店を出るときに、入り口付近にあった
ローカル向けの料金表見たらほぼ10倍の差!
そんなもんですよね…
当時、どういうルールだったか覚えてないですが、
パスポートには中国への入出国記録は残っていません。
マカオ出国して、帰りは香港入国だけ。
パスポートをチラっと見せたような記憶が…
2010/09/02 07:09:12
<2002年6月19日(水)>
<朝食は国内線で>
香港まではキャセイ航空CX533便、10時丁度の出発なので、2時間前の8時に「ルックJT*」受付前集合を指定されました。家から空港までは1時間半弱の距離なので多少早い時間です。しかし、6時半頃に出発すれば間に合います。前日までに準備を済ませておけば、普段とあまり変わらない朝の時間です。
乗った地下鉄は6時32分平針発岩倉行きでした。これですと西春まで乗り換えなしです。上小田井で乗り換えたとしても、結構名鉄の便数があり、便利です。
順調に名古屋空港に到着しましたので、8時の集合時間までには十分に余裕がありました。空港内の店などを覗いて8時の受付時間を待ちました。JT*受付での手続きは簡単でした。名前を言って、パスポートを出しただけで済みました。搭乗券の引換券や受領サインも無しでした。
出発まで2時間ありましたので、シャトルバスで国内線ターミナルに移動しました。こちらの方が安くて、美味しい店が多いからです。国内線ターミナルは結構混雑していました。今がワールドサッカーの最盛期であり、国内を移動するサポーターによるものらしいようです。いつもの店はセルフサービスの大衆食堂です。ガラス棚に並んだ品々は、麦酒のツマミに最適なヤッコ、枝豆、しめ鯖、とろろ芋などが並んでいます。ついこちらを主体に選択してしまいました。中生ビールを水代わりに注文しました。機内での食事を考えて、食べ物、飲み物も控えめにしておきました。
<常滑沖の新国際空港>
名古屋空港を飛び立ったキャセイ航空機は小牧市から名古屋市を横断して名古屋港、伊勢湾へのコースを飛びました。梅雨時なのに、名古屋市を空から散歩したような好天に恵まれました。
機内で隣の席に座られたのは、同じツアーを単身で申し込まれた西区のYaさんと言う方でした。ほかに4組のご夫婦連れを含めて、10名が今回のツアーの総勢です。このことは後で知りました。
Yaさんとは飛び立って直ぐに話が弾み、香港、桂林でもとくにご一緒させて戴く機会が多きありました。名古屋港近くのベースボールのような形の埋立地が見えた時、
「ここは魚釣りの名所です。私もよく釣りに言ったところです」
と教えて頂きました。
更に南下しますと、知多半島が見えてきました。半島までの距離のせいかも知れませんが、思った以上に小さく見えました。一寸驚きでした。半島全体の形が肉眼で見渡す事が出来ました。その中間より少し北の辺り、常滑沖には新国際空港の埋立地も確認する事が出来ました。
新聞記事などによりますと、順調に工事が進んでいるようです。しかし、個人的な立場では、今の名古屋空港に比べると、相当にアクセスが不便になりそうです。西区にお住まいなので、Yaさんの方が影響がはるかに大きいようです。空港の開設と併せて、各種アクセスの早期整備も進んで欲しいものです。
<香港到着>
順調なフライトでした。昼間のフライトなので、名古屋上空から紀伊半島くらいを眼下にすることができました。海上に出てからは、梅雨前線の雲に覆われてしまいました。次に見えてきたのは、台湾でした。
2時間半ほどフライした後、左手に大きな陸地が見えてきましたが、それが台湾である事が、咄嗟には分かりませんでした。「中国大陸近くをフライとするのでは?」との先入観がありましたので、「中国大陸のどの辺り?」との思いに惑わされたためです。
後で地図を調べますと、サツマイモの形をした台湾が一番西に出っ張っている台南県近くを通過したようでした。港近くに大きな都市、台南市があり、複雑に海岸線が入り組んでいました。機上から見た港風景は、「複雑に入り組んだ海岸線と、かなり大きな港町」と言った印象でした。
台湾南端付近から香港までは近い距離です。30分程のフライトでした。香港も中国大陸では南部に位置し、ベトナムまでも大した距離はありません。機が高度を下げると、海上には大小の島々が見えてきました。どちらかと言えば、ビル群だけを想像する香港は、意外と多くの島があり、人が住んでいない島も多いようです。
所々厚い雲もありましたが、白いぽっかりと浮かんだ雲の方が多く見えました。どうやら、天候には恵まれたようです。ビル群を眼下に見た後、機体は長い橋を左手に見て、着陸態勢に入りました。
<香港国際空港>
香港の地名をよく理解できていませんが、従来の空港は、九龍(カオルン)半島にありました。今度の新しい空港は、市街地から離れて、蘭頭(ランタオ)島の方へ移転しています。東南アジアにおけるハブ空港に位置付けられているようです、かなり大規模な国際空港です。空港内の移動に無人電車を使用している事でも、その大きさが推し量れます。
規模が大きいだけに、当然ながら到着便も多く、入国審査では大分並ばされました。香港への入出国審査と、桂林へ移動する時は、中国本土への入出国審査が必要となります。日本人からみた香港は、1997年の中国への返還以来、何も変わっていないと言った方が当たっています。
私達を出迎えてくれたのは、働き盛りのガイドさん、何(ホウ)さんでした。日本人顔負けの達者な日本語を操る人でした。つい、5年程前の上海・西安旅行の時の上海のガイドさんを思い浮かべてしまいました。
<一国二制度>
1997年7月1日に、香港がイギリスの統治下から中国に復帰して約5年が経過しました。しかし、イギリスの総統が居なくなった外は、表面的には従前と何も変化がないようです。中国として、1国2制度を表明し、50年間は香港では旧制度(?)を維持するとしているからです。
通貨も本土では人民元を使用しているのに対し、従前と同じ香港ドルを使用しています。空港内の銀行で香港ドルへの両替をしておきました。この後、香港に戻ってくるものの、少な目の両替にしました。後でガイドさんから聞いた話では、香港ドルと人民元との互換性は無いと言います。それぞれに見当をつけて両替しないと、残分の処分に困ってしまうことになります。
香港に隣接した地域には、中国では上海と並んで急発展を遂げる深センがあるものの、経済的な格差はまだまだ大きいようです。中国本土の平均給与が1万から2万円程度であるのに対し、香港では15万円程度のようです。正確な比較ではないが、概ねこんなオーダーのようです。
これほどの差がある地域がフリーに往復できるようになりましたら、途端に経済摩擦、社会混乱が起きる事が目に見えているようです。
香港が変わっていないと言う面では、ガイドさんの話を聞いていても、意識の面でも全く従前と変わっていないようです。
<空港内での食事>
桂林へは夕食の後に出かけるスケジュールとなっていましたので、1時間以上を、空港内で時間つぶしをする事になった。空港ターミナルを出て、繁華街へ出るには1時間以上かかり、往復する時間も無いので、やむを得ません。
ガイドのホウさんの話では、空港の外には何も無いと言う。それで、Yaさんと空港内のウィンドーショッピングなどで時間を潰しました。一寸勿体無い時間でしたが、香港からまた別の国に入国する事を考えれば、必要な時間なのでしょう。
食事は空港内の中国料理店、美心閣でした。待ち合わせの車展示場の直ぐ上の階にありました。間仕切りはしてあるものの、店としての天井の無い、吹き抜け構造になっていました。後で旅行メンバーの方の感想にもありましたが、大勢の旅行客が出入りする一角であり、少し衛生面での抵抗感がありました。
サービスの飲み物は、ソフトドリンクか、コップ一杯の麦酒でした。それで、躊躇せずにビールのボトルを追加注文しました。点心の料理は、可もなく不可も無しと言った感じでした。
<厳しい桂林の入国審査>
ガイドのホウさんは、桂林への出国手続きの事を丁寧に話していたようですが、余り真面目に聞いていませんでした。香港を出発する時に見当を付けていましたが、桂林への到着は。遅い時間になりそうです。
桂林への移動はドラゴンエアー機でした。160人乗りくらいの中型機でしたが、機体が新しく少しほっとしました。中国国内線では、老朽機による事故が多かったように記憶していたからです。
当初の計画では、17時55分香港発、19時20分桂林着の予定でしたが、手帳に記した時間では、19時25分香港発となっていました。1時間半ほど出発が遅れたことになります。大粒の雨が降っていましたので、雷雲が発生していたのかも知れません。
香港の出国審査も厳しかったですが、桂林の入国審査も同様でした。出国の時には荷物を3、4度レントゲン機に通されました。洗面用具の中に、めがね用の小さいドライバーが入っており、これを探し出すためでした。それを放棄してやっとパスになりました。使ったことのないドライバーなので、自分でも全く気がつかない品でしたし、何度も検査をパスした持ち物だったからです。
入国カードは香港のガイドさんが全部確認して「OK」サインを貰っていましたが、書き直しを指示されました。漢字での記入は認めないとの立場で、「英文カードに書き換えなさい」との指示でした。それくらいの書き換えは直ぐにできますので、問題なかったですが、納得し難い気持ちが残りました。
後でこのことを私なりに原因を分析してみました。その結果は、私の姓の一文字が読めずに、審査官がコンピューターインプットできないのが原因のようでした。
それならパスポートの英字表示からインプットすればよさそうなものですが、手っ取り早い、書き換えを指示したのでしょう。同じように漢字表記をした人でも、書き換えを指示されたのは、私一人だけでした。
桂林で出迎えてくれたのはリンさんと言う、人のよさそうなガイドさんでした。「日本語で『しのぐ』という字を書きます」と自己紹介されました。「凌」と言う字でしょうか。
<いつものオールドパー>
空港からホテルまでは車で1時間ほどかかり、ホテルにチェックインしたのは、23時を回っていました。翌日は7時の食事で顔を合わせることを約束しました。いよいよ漓江の川下りです。
海外旅行の旅の供はオールドパーと決めています。一番好きなスコッチウイスキーです。シングルモルトではないですが、ピートモスの香りが程よく効いたところが気に入っています。これを名古屋空港の免税店で買って、旅の供としています。供であり、友でもあります。
名古屋の洋酒専門店、スコッチを多く扱っているお店でオールドパーが好きだと話したことがあります。その時、店主が勧めてくれたのが、一段とピートモスが効いたシングルモルトでした。オールドパーのベースになっている品です。名前は忘れましたが、小さなグラスに何杯かお替りをしました。傍らに水のグラスを置いて、ストレートで飲んだ味が忘れられず、一層オールドパーが好きになりました。店の名前はバーリーです。このところ、オールドパーを飲む度に思い出します。暫く足を運んでいないのが残念です。
2、3日の旅行では余ってしまうことがありますが、4、5日の旅行では丁度いい量です。部屋に戻って、その日のことを思い出してメモをとったり、明日の旅行に思いを巡らしながら水割を呑むことにしています。ミネラルウォーターを冷蔵庫で冷やしておけば最高です。しかし、常温でも構いません。酒の肴も殊更必要とはしませんが、地元で見つけた美味しいツマミがあれば、言う事はありません。
一日を終て語らう友のあり今宵の我にオールドパーよ
2010/08/29 11:08:56
ヤウマーティ駅から近く便利な立地でEATONホテル横にありロビーが綺麗なので気になったので宿泊してみました。
このネイザンホテルはEATONホテルより部屋が大きくて快適でした。
新装改装したホテルのようで立地、部屋の広さ、金額共にバランスのとれたホテルだと思います。
只、残念ながら浴槽が無い部屋が多いようです。
お部屋はとてもモダンなインテリアでまとめられており使いやすい上、交通量が多い場所にしては遮音もしっかりしており夜も静かです。
設備はDVD、大型テレビ、ウーファーまで完備されていて長期滞在でもとても使いやすい。
セキュリティーボックスはかばんが丸ごと入るほど大きく使いやすいです。
電源アダプターも完備してました。
香港では電源アダプターが置いていないホテルが多いのでこのあたりの配慮はうれしいですね。
EATONホテルはクラブフロアーの食事、飲み物が充実していますが食事を外で食べ歩く方にはネイザンホテルの方が部屋も広く良いですね。
サービスはイートンよりずっとフレンドリーでよかったです。
イートンにはなぜか感じの悪いスタッフが結構います。
特にクラブフロアーの禿げたおっさんは頂けない(笑)
ちびで禿で愛想が悪い奴がいます。(>_<)
また、インターネットはLAN接続なのですが今回のお部屋ではなぜか繋がらずクラブフロアーでの接続となってしまいました。
断線があったようです。
海外では結構LANケーブルの断線が多くネットが部屋により使えないことがちょこちょこあります。
ネイザンホテルクラブフロアーはライブラリーのような落ち着いた雰囲気。
少し狭いですが無料でコンピューターを利用できます。
場所も便利なところでこの宿泊金額であれば申し分ないと思います。
ちなみに目の前に郵便局があるので荷物の発送にも便利な場所です。
お勧めです。
2010/08/28 12:08:05
③ラスベガス PART III
05/27/09
ウケたのは、噴水ショーを見に来ていた観光客のオジサン。「パリス」の建物とエッフェル塔が、イイカンジに見える位置だったから、「WILL YOU TAKE A PICTURE OF US? (私達の写真を撮ってくれますか?)」と聞くと、オジサンは妙な顔をした。オジサンは、戸惑いながらもなみおのカメラを手に取り、なぜかカメラをうちらに向けずに、建物オンリーで写真を撮りだした!! なみおもカオリちゃんも、ポカ~ンとしてしまった(笑) どうやらオジサンは、小さいうちらが建物の写真が撮れないのかと勘違いしたようだった。「いやいや、そうじゃなくて、うちらを撮って」、と今度はジェスチャーを入れつつ頼むと、うちらはなんとか映っているものの、エッフェル塔がブレまくって微妙な写真になってしまった(苦笑) オジサンの普通あんまりしない勘違いぶりは、今日1日の中でナンバーワンのヒットだった(笑)
「プラネットハリウッド・ホテル」内をプラプラし、「ニューヨーク・ニューヨーク」に戻ると、23時を過ぎていた。実はなみお、ギャンブルは苦手というか、やったことがない。でもせっかくベガスに来たんだから、ちょっぴり試してみたいと思った。まず20ドル札を入れスロットマシンをやると、ものの5分であっという間になみおの大事な20ドルが無くなった。カオリちゃんはというと、20ドルでまだ勝ち続け、スロットマシンを楽しんでいる様子。ビンボー旅行のなみおにとって20ドルといえば、大金だ。どうしても取り戻したくて、別の台を探してみることに。
日本のパチスロと違うのは、こっちのマシンは、お客の腕ではどうにもならないこと。本当に運のみで、全てコンピューターで目が合う仕組みになっているのだ。だからボタンを押すタイミングなどは、全く関係がなく、ただひたすらボタンを押すのみで、ルールも全く分からなかった。ただの数字じゃ、ワケが分からないし、なんか絵が可愛いマシンをやってみようと、ウシさんのマシンを試してみることに。しばらくすると、当たったらしく、いろんな効果音がなり絵が勝手に激しく動きだした。この1回で80ドル出て、プラスマイナス40ドルの儲けとなった。とりあえず、スッた分を取り返したかっただけだたから、欲は出さずにアッサリ止めることに。とにかく取り返せてホッとした・・・(苦笑)
2010/08/26 04:08:46
人恋しい 日差し恋しや 冬の旅
ウイークデイの午後の便は、比較的空いており、いつもの通路側の15のCの席を確保、のんびりと上海に向かった。最近本屋で見つけた『堀田善衛上海日記 滬上天下1945』という本をこの旅の間に読み上げようと、持参していた。1945年8月敗戦後、上海にいた邦人が、敗戦国の民として、この上海でどのように生活していたか興味があり、早速読み始めたら、久しく会わなかった知人が声を掛けてきた。彼を隣の空席に座わらせ、最近の中国の景気や、彼の中国での仕事の話を聞いていたが、いずれも厳しい状況にあるようだ。
飛行機は定刻に到着、入国手続きも、珍しくスムースに終わり、荷物を受け取り、そこで知人と別れた。税関を過ぎ、入国出口前は、いつもよりは人出は少ないが、その中に、迎えに行くと言っていた黄さんを見つけ、正直ほっと一安心。空港からまっすぐ上海駅に行き、動車組列車に乗り、約30分余で蘇州に到着。蘇州駅の裏手では、北京上海間の新幹線工事(京滬快速火車)と、上海南京間の高速鉄道(滬寧際鉄路)の工事が同時に始まり、取り壊しや、整地などが進んでいる。街は夕方のラッシュに入り、道路も込み始めている。観前街は、相変わらず結構な人出である。景気が後退しているとは言え、人出は多く、それだけでも何やら活気が見られる。商店街はバーゲン中であろうか、ショウウィンドに貼られている割引のチラシを見ると、ほとんどが“6折”や“5折”となっており、中には、“1折”まで見られる。つまり、1掛け、すなわち9割引と言うことになり、これでは投売りの状態である。中国でも、この不況で庶民の財布の紐は、一段と固くなっているのだろう。商店街を通り抜け、路地に入ると、劇場のスピーカーから“評弾”の引き語りが流れてきたが、ああ、又江南に来たのだと、気分も盛り上がり、その調子に合わせながら、ホテルへと向かった。
この観前街から程近いところに、小黄の奥さんのご両親が住んでおり、夕方、小黄がホテルに迎えに来てくれ、実家に案内された。早速、お母さんの手料理による江南地方の家庭料理を振舞っていただくこととなった。冷菜5品、そして蒸し魚の『清蒸桂魚』が出され、その間、勧め上手なお父さんが、盛んに“来、来、来”と言いながら老酒を注がれるのである。つい日本の習慣で“乾杯“と言うと、グラスに残った酒を見て、飲み干してないではないかと言いながら、又注がれるのである。
やがて今日のメイン料理が運ばれる。“塩醤蟹”、一般には“面○蟹”〈○は手偏に施工の施の旁)と呼ばれている上海蟹の家庭料理である。まず上海蟹を背中から二つに切り、その切り口に小麦粉をたっぷり付けて、フライパンに油を引き、その切り口の小麦粉が黄金色になるまで炒める。老酒、生姜、塩、醤油、それに砂糖少々を加え、水を入れて15分ほど煮込む。残った小麦粉を水で溶き、それを加えて、更に煮込む。水気が少なくなり、蟹に小麦粉の膜が着き始めてきたら、刻みねぎを入れて出来上がりである。手などが汚れるし、蟹のエキスが滲みこんだ小麦粉を、蟹肉と一緒にずるずると食べるのであるから、レストラン料理とはならず、嘗めたり、ズルズルさせながら、親しいもの同士で食べる、楽しい家庭料理である。
翌日は、穏やかな小春日和であった。タクシーで陽澄湖に向かう。陽澄湖は行政上は蘇州市であるが、蘇州市の直轄部分と、蘇州市の行政下にある昆山市に属する部分とに分かれている。まず蘇州の工業園区を通り、国道を走ること30分、大きな湖が見えてくる。しばらく湖岸を走るが、ホテルや、ゴルフ場、お寺などが散在するが、この地区は蘇州市直轄の陽澄湖である。今も湖畔は整備されつつあるが、確かに聊か寂しい湖岸である。蟹の養殖場とか、レストランは昆山地区の巴城鎮に多く集まっていると聞き、約17キロ、湖岸に沿って走る。次第に道路沿いにレストランが立ち並ぶ風景が見えてくる。そのあたりはやや湖から遠ざかり、水路などに沿って、舟形のレストランなどが見える。やがて賑やかな路上の市場を過ぎると、両側にレストランが立ち並ぶ大通りとなり、更に進むと、突き当たりに、蟹の大きなモニュメントのある公園に行き当たる。陽澄湖水上公園である。そこで車を降り、この公園に入る。公園内を10分ほど歩くと、陽澄湖の湖畔に再び接することができる。湖畔に沿って、散策道がある。それを辿って行くと、目の前に小さな島が見える。島には橋が架かっており、洋館風の、2階建ての建物が2棟建っている。橋を渡り、小島に入ると、高級車が5,6台停まっており、建物の中で食事をしている人の顔をが見えた。間もなく正午、急にお腹が空いてきたので、中に入っていった。しかしここはどうやら会員制の場所であるらしく、入室を断られたのである。こうした風光明媚な小島を占有できる人たちとは、社会主義の国ではどのような人たちなのだろうか。やはり、不思議な国の不思議な仕組みがあるのだろう。
水上公園の前から東に上る大禹路沿いのレストラン街に向かったが、そこには同じような、しかも店の名前には必ず“蟹”が入ったレストランが多く並んでいる。店の前に車が多く駐車しており、ガラス越しに見える店の中が賑やかそうな店を選び入った。『品蟹楼』という名のレストランである。個室に入り、まずは燗をした老酒を注文したら、ヤカンに入れて出してきた。それを呑みながら待つこと30余分、今度は、注文したものが一気に出された。この国で、時に戸惑うのは、客への配慮より、己の都合でことが運ばれるということである。散々待たした挙句、皿に載せれば出せる冷菜と、聊か手が掛かる温かい料理が,同時に出されてくるのだ。しかも、しかもである。スープは味が無い白湯であり、蟹粉豆腐は塩の塊が入っており、塩辛くて食べれない。その値段が上海の老舗上海老飯店の55元よりも10元も高いのだ。これに一々腹を立てていては中国旅行は出来ない 。我慢である。食後は、散歩がてら蟹の養殖場が並ぶあたりを歩いて見に行った。冷やかしで入った店で、結局、蟹を買ってしまったのだ 。帰りはタクシーが拾えず、バス停付近で闇タクを探し、蘇州のホテルまで、100元で戻ってきた。
その日の夕方、午後5時ごろに、小黄の家を訪問した。入り口にはガードマンがおり、中に入る人をチェックしている。この中には5棟の建物があり、小黄邸は、A棟の一階にあった。床面積は146.44㎡、共有面積の持分が12㎡であり、間取りは、いわゆる3LDKプラス書斎または、ユティリティに利用できる小部屋、である。購入価格は、スケルトンで、およそ80万元。内装工事は友人に依頼し、しかもフローリングや、内壁や天井に使うビニールクロス、電線などの資材の一部を、別途購入して現物支給したので、内装費は破格の6万元ぐらいで収まったようである。その他、家電、家具、備品などを含めても、約20余万元であるから、購入総額はおよそ100万元だったようだ。購入資金の捻出は、今まで住んでいた家を42万元で売却、会社での住宅積立金(住宅公積金)が夫婦で12万元、両親と叔父さんから30万元、妹から20万元ほど借りている。親戚兄弟からの借り入れは、無利息で、期限の定めがないようであるが、既に叔父さんからの借り入れは返済したようである。いわゆる親戚間の結束が、中国では未だ強いのである。
取引に際して、不動産取引税(地契税)は2%(現在は1.5%に引き下げられている)、144㎡超の部屋は5%の消費税?が必要である。その他印紙税や登記手数料などが必要である。管理費は、専用延床1㎡当たり月額1元、駐車場は、地下の駐車場の使用権は8万元、敷地内の地上青空駐車場は、月額使用料は150元から200元である。修繕積立金は、購入時に一時金で支払うとの説明があったような気がするが、もうひとつ良くは理解できなかった。早速、新しい家の隅々まで見せてもらう(写真参照)。
中国のサラリーマンの住宅事情について、小黄に聞いてみた。結婚後、会社の社宅に住むことになり、その後、子供が出来、少しい大き目の社宅に移転、子供の成長に伴い、更に大きな社宅に引越した。1998年に個人の住宅持ち家制度の施行により、住んでいる社宅を、会社から購入することが出来、21,000元で購入した。購入資金は、個人と会社が半々ずつ出して積み立ててきた住宅公積金が3,000元あったので、実際に支払った現金は18,000元であったそうだ。その後の景気の上昇による、不動産ブームで、それが20倍、30倍で売れ、それを元手とした住宅の買い替え需要が増加し、いわゆるマンションブームがこの3、4年続いて来た。しかしこの不況で、不動産価格が暴落し始めたと言われ、しかも上海株式の暴落で、親戚間の金銭の貸し借りの清算が、躓き始めているようで、中国の家族関係にまで、今後影響が出るのではと危惧している。
色直し 皿に雌雄の 上海蟹
やがて、ダイニングの食卓には、11種類の冷菜が並べられ、乾杯で食事が始まる。僕の好きな老酒、石庫門黒標が用意されており、その心遣いがとても嬉しかった。話題は、最近の景気や、仕事のことから始まり、カナダ留学中の娘さんの話に至ると、酔いも手伝ったのか、次第に一家は蘇州弁となり、嬉しそうな話し振りになるのだが、僕にはまったく理解できなくなるのだ。この娘さんが四川省の成都の大学に在学していた時、僕は、黄龍・九寨溝の帰りに、彼女の大学を尋ねたことがある。そして許可を得て、男子禁制の女子寮の部屋に入れてもらったのである。あれは、もう何年前のことだったのか。酔いの勢いで、今度はカナダの彼女の大学の女子寮に、彼女がドクターの学位をとる時に、一緒に行きましょうと提案しておいた。
やがて、生きている時は長江の水のような色をしているが、蒸されると鮮やかな朱色に変わる大閘蟹(上海蟹)が、ボウルに山盛りに載せられて出されてきた。それまで賑やかだったが、蟹が運ばれ、食べ始めるや、場は次第に静かになっていく。雄をやっとのことで平らげたが、更に一匹勧められ、黙々と挑戦。そして、今度は雌が運ばれてたので、引き続き僕は沈黙のまま、雌の解体に入った。テーブルは、いつの間にか、無残にも、蟹の甲羅や肢のガラが山となっているのである。上海蟹が据え膳で食べられるならばよいなあと、不器用な僕はいつも思うのだが、苦労して食べるからこそ美味しいのかもしれない。甲羅に、老酒をいれて飲んでみる。よい味である。まさに至福のひと時である。やがてお開き、奥さんの弟さんの車でホテルに送ってもらう。
翌日は、上海に戻り、12時半ごろから、いつものように上海老飯店でゆっくりと昼食をとる。昼間のお酒は酔いが回り易く、聊かのご機嫌で、空港に向かい、夕方の便で帰国する。今回の中国滞在時間は、僅か50時間であった。(第52回)
2010/08/25 11:08:33